2009年06月24日

「第2回東北アジア地域協力発展国際会議」での坂下明彦様の発言

原料農産物基地から地域ブランド形成へ
             -北海道と黒竜江省-
      
           北海道大学大学院農学研究院教授・日本農業経済学会副会長 坂下明彦


 1.原料農産物基地としての北海道農業の発展
 北海道は、日本の食料基地であり、生産基盤も府県とは大きく異なっている。耕地面積は116万ha(全国463万haの25%)であり、農家1戸当たり面積も19ha(全国は1.4ha)と規模が大きい。全国シェアーは農業産出額で12%、カロリーベースで22%を占める。
 農村風景をみても、大規模に区画化させた圃場に大型の作業機械が走り回り、農業協同組合(以下、農協)による集出荷施設や貯蔵倉庫群が林立し、加工メーカーの工場も各地に配置されている。また、稲作地帯、畑作地帯、酪農地帯が、それぞれの大河川流域や大規模平野に分布して、独自に発展をみせていることも特徴である。
 農業産出額は、およそ1兆円(770億元)であり、耕種部門と畜産部門がそれぞれ50%である。耕種部門は、稲作と畑作、さらに野菜作に区分されるが、これらの多くは北海道外に移出されている。米は近年品質の向上が著しいが、単品で消費される割合は小さく、良質米に混合される増量材として利用されている。畑作物は全国の生産における割合がきわめて高く、甜菜、馬鈴薯、小麦、豆類の4作目から構成される。甜菜、馬鈴薯は、北海道内の加工メーカー向けの砂糖・工業用澱粉原料であり、小麦は主に全国の大手製粉メーカーの原料として出荷されている。豆類も加工製品の原料として移出されている。
 畜産部門は、酪農の割合が圧倒的に多く、牧草やサイレージ用トウモロコシを生産し、給与する粗飼料基盤型の酪農であるが、成分換算で飼料の自給率は50%程度まで減少している。製品は地元の乳業メーカーに出荷され、主にバターと脱脂粉乳に加工され、飲用乳としての出荷は限定されている。
 野菜類の生産は、米、甜菜、馬鈴薯、小麦、豆類につぐ第5の作物として注目され、玉葱、人参、食用馬鈴薯に限定されていた品目は大幅に拡大している。これらは、冷蔵流通技術の確立により移出量が拡大しているが、気候条件から夏秋作物に限定されるという限界を有している。
 この間の生産・調製加工・貯蔵技術の発展により、製品の質の向上には画期的なものがあるが、原料農産物基地という性格を払拭するには至っておらず、付加価値生産という点で大きな限界を有している。日本全体の農業産出額は8.6兆円(6,100億元)、食品工業出荷額は32兆円(2.3兆元)であるが、北海道のそれぞれに占める割合は、12%、6%であり、砂糖・澱粉・乳業という大企業を有するにもかかわらず、食品工業の裾野は非常に狭いものがあるのである。日本の食料最終消費は80兆円(5.7兆元)といわれており、北海道の農業生産は加工部門・消費部門に多くの付加価値を奪われている状況にあるといえる。

 2.産業組織としての農業協同組合の位置
 以上の、原料農産物基地の形成においては、農協の存在が欠かせなかった。北海道の系統農協をしばしば「北連王国」と称するが、町村段階の単位農協を補完する北連(北海道農協経済事業連合会)や地域農協連合会の工場群が民間メーカーと併存している。これは、北海道の農産物が貯蔵性のある穀物や原料農産物に特化しており、農協は早くから北海道庁の後押しもあって加工部門に進出を果たしてきたからである。北連の1年間の事業高は1.5兆円(1,000億元)であるが、全国組織である全農(農畜産物の販売や生産資材・生活物資ACOOPの供給を行う経済事業の連合会)のそれが5兆円(3,600億元)であることを考えるとその巨大さがわかるであろう。北連は、加工メーカーとの価格交渉の窓口であり、自らも加工部門を持つなど、農業関連産業との関連を見る際に欠かせない存在であり、また、近年増加をみせている野菜の府県輸送・販売においても市場開拓や価格情報の提供において大きな役割をもっている。
 単位農協についても、農協の各種施設運営のための作目別の生産者の組織化、農家の高齢化に対応した法人化等の組織化、農業生産過程への農協そのものの参入など地域農業支援のシステムが形成されつつある。

 3.原料農産物基地から地域ブランド形成へ
 このように、北海道農業は1世紀余りにわたる努力の結果として、高度な発展を見せてきたと言うことができる。しかしながら、経済のグローバル化による農業生産の広域的な分業化の広がりのなかで、新たなステップアップをめざす時期に立ち至っている。
 この間、北海道農業は第5の作目としてより収益性の高い野菜・花卉などの青果物生産への傾斜を強めてきた。それは大都市部卸売市場向けの移出振興であり、コールドチェーンに対応した物流施設整備とそれに対応した産地形成の過程であった。それは、個別品目を対象としたブランド形成を主眼としてきた。しかし、国内外の農産物・食品の安全性に対する消費者の信用の失墜の中で、食の安全のみならず「安心」の確保がマーケティングにおいても大きな課題となっている。そうした中で、農村と消費者との直接的な関係性の構築が求められている。すなわち、農業・農村の生産文化をトータルなものとして直接的に消費者に発信するシステムの構築である。それを一言で表すと「地域ブランド」の形成に他ならない。慣行型農業生産からの脱却(有機農業)や地場型の農産加工振興をはかり、それを様々なチャネルで消費者に発信すること、生産を基礎にグリーンツーリズムなどを通じた農村文化と都市部との交流をはかり、地域農村の取り組みがトータルとして消費者に安心を与えること、この総体が地域ブランド形成に他ならない。これは、将来的には海を越えた地域間交流へと拡大していくと考えられる。
 黒竜江省も中国の原料農産物基地として、北海道とは比べられないような大きな地位を確実なものとしてきた。しかし、WTO体制のなかで農業の高付加価値化、食の安全安心問題が大きな課題となっていることは同様である。農業産業化、緑色食品の推進など政策的な進展は見られるが、現在進められている農村建設運動の中で、農村のトータルな価値を打ち出す「地域ブランド」戦略が同様に求められているといえよう。
 北海道大学では、新たに農村エクステンション機能の充実を図り、モデル的な実践を通じて「地域ブランド」認証を行う準備に取りかかっている。この分野での大学間連携を期待するものである。



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Posted by 虎ちゃん at 21:59│Comments(0)友人の大作
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