北東アジア地域における日中経済関係の展望
(2009年6月14日、ハルビンにて)
在沈陽日本国総領事館総領事 松本盛雄
本日は黒龍江省人民政府及び中国社会科学院主催による北東アジアフォーラムがこのように盛大に開催されましたことに対し心よりお祝い申し上げますとともに、私の見解を発表する機会を頂きましたことに厚くお礼申しあげます。
私は、昨年5月に瀋陽に総領事として着任し、約1年が経ちましたが、この間、①情報収集と発信の強化、②政治、文化、経済等各分野の交流促進、③役に立つ事業の展開という3つのことを重点的に進めてきました。すでに多くの面でよい成果をあげることができましたが、本日のフォーラムもその意味でとても重視しています。
私自身は日本の外務省でこれまで33年間ほとんど中国関連の仕事をしてきました。経済を始め文化交流、政策広報、領事など様々な分野を経験し、また70年代末から10年ごとに中国に駐在し、割合長期的な視点から日中関係や中国情勢を見てきました。
本日は、そのような経験をふまえて、中国東北地方、特に黒龍江省を中心とした北東アジア地域における新たな日中関係の発展についてお話したいと思います。
1.中国東北地域の重要性
在瀋陽日本国総領事館は、遼寧省、吉林省、黒龍江省の三省を管轄しています。日本にとって中国の東北地方は、いろいろな意味で極めて重要な地域です。第一に歴史的な関係もあり、日中双方の人々はお互いに特別の思いを持っています。この地域の人々の日本に対する関心は他の地域に比べ相当高いものがあります。例えば豊富な日本語人材の存在はその典型的な例です。第二に、地理的に見てこの地域は人々が想像している以上に日本と近く、日本にとって「最も近いアジア」といってもよいでしょう。ハルビンから新潟までは直行便で2時間少々しかかかりません。第三に、いうまでもなくこの地域は装備産業を中心とする工業、石油・石炭などのエネルギー、鉱産資源、農林水産業等の分野において中国の中でも最も重要な地域のひとつです。
さらに、この地域は日中両国間にとってばかりか、広く北東アジア地域にとっても中心的な地域といえます。このフォーラムもそうですが、最近では「北東アジア地域」をテーマとするフォーラムや博覧会が急増しています。約20年前に提起された「図們江開発計画」は、現在、東北3省と内モンゴル自治区、モンゴル、ロシア、北朝鮮、韓国をメンバー国とし、その開発計画範囲を拡大しています。また、黒竜江省とロシアとの関係も近年大きな進展を遂げています。このことは、北東アジア各国が協力を強めることにより、この地域の可能性を現実のものにし始めたことを示しています。
これらの特色と発展の方向から見て、私は、中国東北地方の重要性は、日中関係においても、アジア全体においても、今後ますます高まっていくと考えています。
2.「戦略的互恵関係」を目指す日中関係における東北地方の位置づけ
1979年から開始された日中両国間の経済協力は、中国の改革・開放政策に基づいた開発を支援することによりアジア地域の安定と繁栄を図るとの認識のもと、有償・無償資金協力及び技術協力といった形で行われ、これまで累計約3兆6,000億円の資金が提供されています。日本は中国にとり最大の援助供与国となっており、協力事業は中国のインフラ整備、環境保全など様々な分野で大きな成果を挙げてきています。これに伴い、民間経済交流も大きな進展を遂げ、日本企業の対中進出件数は、直接投資件数ベースで累計4万社にのぼり、友好関係にある省・市の数は340組あまりにのぼっています。
日中間の経済関係、とりわけ民間企業の対中経済交流はこれまで主として沿海地域を中心に大きな進展を遂げてきました。80年代の珠江デルタ地区、90年代の長江デルタ地区というように、中国の外資導入の進展とともに、これら地域に多くの日系企業が進出しました。これに対し、東北地方は、大連を除き、改革開放政策の進展には取り残された形になり、日本からの進出も遅れていました。
しかし、2003年の「東北旧工業地区振興戦略」により東北地方再活性化の方針が示され、2007年に「東北地区振興計画」が提起されるなど、近年この地域に対する期待が急速に高まっています。2008年後半から世界を襲った世界金融危機に関しても、対外開放が相対的に低い東北地方への影響は限定的と見られており、逆に中国政府によるインフラ建設を中心とする内需拡大措置が東北地方にもたらす効果は極めて大きいと考えられます。現在の「科学的発展観」に基づく「調和のとれた社会」構築において、東北地方の「後発の優位性」が発揮されることは間違いありません。
この間、日中関係も大きく変化しました。経済協力分野では2008年で新規円借款プロジェクトの実施が終了し、また、日本からの投資も従来の沿海部を中心とする加工貿易型から中国国内市場向けの製品を製造する内需指向型へとシフトしつつあります。このような構造的変化の中で、経済交流にも新たな展開が求められています。ここ数年、日中関係は頻繁な首脳交流により大きく展開し、「戦略的互恵関係」がキーワードとなっています。「日中両国はお互いに不可欠なパートナーである」という認識に基づき、安全保障から経済、環境、エネルギーなど幅広い分野において「共通の利益」を目指すという関係を指しているのです。「共通の利益」の拡大は双方にとって利益であるばかりか、地域と世界に貢献することにもなるのです。
3.日中間の具体的協力
このような状況の下、製造業、資源・エネルギー、環境保護、農業など日中間の相互補完性を十分に生かした協力がこの地域で具体化していくことが期待されます。それでは、具体的にはどのような事業があるでしょうか。
第一は物流面の協力です。例えば、東北地方と日本の新たな物流ルートとして、黒龍江省と山形県が進める「東方水上シルクロード」があります。また、ザルビノ、新潟、束草などをつなぐ日本海横断フェリーも定期就航に向けた動きもあります。東北地方と日本の物流ルートは現状では大連に集中しているため、このような新たな物流ルートの展開は、今後の東北地方と日本の経済交流、さらに北東アジア地域の活性化に大いに寄与するものと考えます。
第二は、環境保護分野での協力です。「東北地区振興計画」では、構造調整、地域内の調和のとれた発展、資源枯渇型都市の産業構造転換、省エネ・環境といった指導方針が示されていますが、特に環境保護分野では、日本の経験と技術を生かし、中国と共同で様々なプロジェクトを行う余地があります。日本は1950年代後半から60年代における高度成長時期に、公害問題で苦しんだ経験があります。この経験を生かし、これまでも中国側に対し、環境保護分野での協力を行ってきました。例えば黒龍江省においては、松花江流域の環境整備を円借款事業で行った経緯があります。このような事業経験と関係者間で構築された良好な関係を基盤とし、「共通の利益」を模索する新しい形の経済協力の展開が期待されます。そのひとつとしてCDM事業があります。CDMとは、先進国が資金援助と技術移転を行い、途上国において温室効果ガス排出削減等のプロジェクトを実施し、その結果生じた排出削減量を自国の排出削減目標に充当させることが出来る仕組みです。日本と中国、特に重工業が盛んで、旧い工業企業の活性化に取り組む東北地方では、このCDM事業を実施する余地が非常に大きいといえます。
昨年5月の胡錦涛主席訪日時に発表された「戦略的互恵関係の包括的推進に関する共同声明」でも強調された「気候変動/省エネ・環境の協力強化」の一環として、現在日中間で将来のCDM事業につながる取り組みが進められています。ここ黒龍江省ハルビン市では、石炭火力発電所からCO2を回収し、そのCO2を大慶油田での石油採掘に利用することで石油回収量を大幅に増加させるモデルプロジェクトが進められています。この方法を利用すれば、石油を年間150~200万トン増産でき、CO2を年間300~400万トン削減できると見込まれています。この他、ごみメタンの回収や植林などの事業も大いに期待できます。
第三に、農業分野での協力です。両国間では、ここ数年「食品の安全」確保が課題となっています。この問題は、両国の国民の安全に関わる重要な問題です。日本の最北端に位置する北海道と黒龍江省は、ほぼ同じ緯度で気候も似ており、いずれも農業が盛んな地域で、栽培作物も似ています。日本政府の草の根無償資金協力の一環として、2005年にハルビン市郊外の海倫市に日中有機農場訓練センターを設立しましたが、このような経済協力を基礎とし、今後は日本企業と中国の地元企業が共同で有機農業プロジェクトを行うことなどが期待できます。具体的には、有機作物の栽培と両国を市場として販売する、加工食品の生産と販売を行う、環境にやさしい栽培と効率のよい収穫を行うため、農業機械を日本から輸入するか日中合弁で製造するといった事業の展開が期待されます。
私は、今後、日中間の相互補完性を十分に生かした協力が黒龍江省で具体化していくことを心から望んでおり、そのために中国側関係者の一層のご支援をお願いするとともに、私自身も微力ながら尽力して参ります。これら具体的な動きが日中両国の「戦略的互恵関係」の構築につながり、北東アジアと世界の平和に貢献できるものと確信しています。