中国企業の対日投資と日本の地方都市の取組みに関する考察

虎ちゃん

2007年01月18日 18:26

         ERINA客員研究員・黒龍江省社会科学院経済研究所研究員 笪 志剛

 はじめに
  21世紀に入って以来、中日両国の経済関係は新しい段階に入り、相互依存を強めながら発展している。中日双方の貿易額は2002年に1,000億ドルを突破して以来、2003年、2004年、2005年にはそれぞれ1,335億、1,680億、1,894億ドルに達し、2006年は2,000億ドル以上に達すると見込まれる。
一方、日本からの対中直接投資は2005年までに実行ベースで累計533.76億ドルに達し、2万社余の企業が中国に進出した。中国に長期滞在しているビジネスマンなどの日本人は7.4万人という公式統計があるが、実際はそれを大幅に上回る10万人以上であると推定される。日本との経済・貿易関係の緊密化によって、在日中国人も増加しており、60万人に達している。中国国内においては経済の高度成長に加え、大型国有企業は株式化への構造改革を進め、また、民営企業というニューカマーも著しく成長してきた。
各種の非公有制経済のウェートが次第に高まりつつある中、中国企業が力を蓄えたことで、日本への投資が徐々に増加している。これらの背景の下で、日本政府は従来の一方的な対外投資の方向性を改め、欧米はもちろん、台湾・香港・中国内陸に対しても対日投資を推進する政策をとっている。日本政府の投資誘致政策のほかに、地方の各自治体においても自らの地理的位置や経済的資源、企業間競争におけるポテンシャルを生かしながら中国側との結びつきを強め、また相手地域の選択も行いながら中国に向けた投資誘致を実施するところも出始めている。
 
1. 日本の対内投資誘致政策とその現状
 UNCTADの「2000年世界投資報告」に公表された外国向け直接投資に関するデータによると、140ヵ国の対内直接投資潜在力において、1位はイギリス、その次はフランス、ドイツで、日本は14位となっている。その指数はGDP成長率、一人当たりエネルギー消費量、カントリーリスクなどの要素に基づいて算出された結果である。その中で日本は投資対象として魅力的な相手国として評価されている。しかし、同報告の対内直接投資実績指数から見ると、日本は131位となっている。日本は投資誘致において潜在力が実績に結びついていないことが明らかであると言えよう。
2003年5月のIFS統計データにも以下のことが現れている。2001年の先進諸国における対内直接投資残高のGDPに占める割合は、アメリカ25.1%、イギリス38.6%、ドイツ24.2%、カナダ28.6%、オーストラリア29.5%に対して、日本は1.2%に過ぎなかった。日本の経済規模や対外投資実績などと比べると、外国からの投資規模との間には大きな落差がある。対外投資と対内投資の比率は1990年代半ばが10:1であったのに対して、21世紀に入ってやや縮小し9:5となった(2004年)が、依然として乖離は大きいものであった。日本国政府はこのような対外投資と対内投資のアンバランスの状況を打開し、外資誘致を通じた経済発展の促進政策に取り組むことで、特に過去10年間のバブル崩壊後の経済の停滞、デフレ状態の脱却に向け、外資誘致を日本経済の本格的な回復に導く手段とすることとした。
これにより、政府としては日本が対外投資大国の地位を維持しながら、企業進出における対内投資の新しいモデルを創出することに期待を寄せている。誘致相手国のターゲットは欧米の先進国からアジアの台湾、香港、中国にも向けられている。小泉首相は2003年1月国会における施政方針演説で、対内直接投資推進のための各種施策の展開により、2006年までの5年間で対日投資を倍増させ、対日直接投資残高を26兆円とする目標を打ち出した。その実現のために、小泉内閣は2003年から、「対日投資促進プログラム(INVEST JAPAN)」の推進を開始した。審査手続きの簡素化から、関連法令の改正、投資環境の改善によって、多国間のM&Aを促進し、地方自治体との協力で各種構造改革特区の設立により外資導入へのインセンティブを強化させることなど、次々と新しい政策を立て、外資による日本への進出に良好な環境や受け入れ態勢を整えつつある。
また、日本の在外公館の文化宣伝部門を通じて、積極的にPR活動を行った。日本貿易振興機構(ジェトロ)では日本政策投資銀行(DBJ)及び関連部門と連携し、2003年5月、外国企業に向けた対日投資の総合サービスセンター「対日投資ビジネスサポートセンター(IBSC)」を設立し、投資手続きの説明や各種アドバイス、コンサルティングなどのサービスを提供し始めた。DBJは金融面で対日投資プロジェクトを支援し、1999年~2004年の間、163プロジェクトに対して総額2,656億円の貸付金を提供した。
5分野74項目にわたるINVEST JAPANの政策的努力などにより対日投資政策は初期的に効果が見られ、2004年には日本への対日投資が初めて対外投資の355億ドルを上回る375億ドルとなり、今後もさらに拡大の方向に向かうものと考えられる。

2. 日本国内の外資誘致の地域間競争
 従来から、対日投資において外国企業による立地の主な地域は東京、大阪、名古屋、横浜などの大都市が中心だった。21世紀に入って以来、日本政府による構造改革の進展に伴い、投資に関するビザ制度、法律、法規が次第に緩和され、地方自治体による権限も拡大の方向に向かいつつある。地方は投資誘致を通じて誘致対象国との交流と情報交換を進め、税収と雇用を増加させる効果にも期待し、対内投資推進におけるさまざまな施策競争を進めてきた。
より多くの外資を地元に誘致するため、自治体の中には専門の投資誘致機構を設立し、外国語が堪能な人材をサービスセンターで業務に従事させ、投資環境を説明したウェブサイトを開設するなど多種多様な活動を行ってきた。また、自治体とその関係機関は投資対象国へ投資誘致ミッションを派遣し、投資環境説明会を始め多様な機会を通じて対日投資をPRした。それらの地域の経済発展の程度や対内投資の実績から外資誘致の総合的なレベルを区分すると、以下のモデルが挙げられる。

(1)圧倒的な優位性を持つ東京・首都圏の投資環境
 東京は、戦前戦後の経済回復期、経済の高度成長期、及びその後の長期間にわたる低成長期までの間、一貫して日本の首都としての機能を有し、ほとんどあらゆる社会の要素が一極集中されてきた。国土開発の不均衡を招きながらも、東京は長期間にわたって戦後の発展と繁栄を享受し、日本の政治、外交、文化の中心として他の都市にその追随を許さず、周辺地域に膨張してきた経緯がある。
経済集積に関しては、全国の11%の工場と大手企業の本社のほぼ半数以上が東京およびその周辺に集中し、工業生産高は全国1位である。戦後日本の都市化および交通・通信の急速な発展に伴い、東京と隣接する横浜、川崎、埼玉、千葉などの都市の連結により、京浜工業地域が形成され、造船、鉄鋼、機械製造、化学、石油、出版印刷業等の優位性が確立された。また東京は日本のビジネスと金融の中心となり、証券、外為、先物の各市場は世界的にも重要な地位にあり、大きな影響力を有している。以上挙げた要因は、多くの外資系企業が東京への投資を展開してきた動機とも言える。
関連統計データによると、外国企業は90%以上が東京地域に集中している。このような、長期にわたり形成されてきた様々な優位性は、他の地域にとり競争相手となり得ない要因となっている。そのため、東京及び首都圏に対する対内投資の割合は言うまでもなく日本の中で第1位である。
  
(2)大阪・福岡など大都市としての条件を持つ地域の投資環境
 大阪、福岡の投資環境は、地理的な条件と発展した商工業の集積地という特性がある。周知のように、大阪は関西地方では最も重要な都市であり、同時に日本の重要な商工業、海運、陸運交通の中核である。1868年の開港以来、1874年には鉄道が敷設され、1889年以後、阪神工業地域の中心となっている。主に鉄鋼、機械製造、造船、化学工業、紡績、製紙を中心とし、工業生産高は東京に続き全国第2位となっている。大阪府及びその周辺地域には、日本の70%以上の中小企業が集中し、多くの企業は独自の特許技術を有している。
福岡市は九州北部の重要な港湾都市であり、港の歴史が長く、1939年に第1種重要港湾、1951年に重要港湾、1990年には特定重要港湾に指定された。人口は140万で、西日本の中心となっている。福岡県のGDPは1,620億ドル(2003年)であり、北欧のデンマークやノルウェーの経済力に匹敵する。工業が発達し、中でも北九州市は重要な工業地区である。主要産業は食品、金属加工、機械製造、紡績、印刷、自動車などで、中小企業が多数を占めている。
大阪と福岡は外資誘致に最も積極的な姿勢をとっている都市である。大阪市は経済規模が大きいという特徴を利用し、日本で最初に外資による工業団地が設立された都市である。2002年12月には、大阪にある複数の経済交流団体による代表団が派遣され、中国上海市や杭州市で外資誘致説明会などの活動が行われた。福岡は対馬海峡を挟んで韓国、中国・上海地域との地理的な近接性があり、九州上海事務所(福岡県、市、九州電力の3者共同)の開設を通じてこれらの地域をターゲットした観光や企業の誘致を着実に展開しつつある。 
 
(3)新潟市、仙台市など地方都市の外資誘致
 以上挙げた二つの外資系誘致の先進的地域と比較して、今後の取組みが期待できる地方都市の代表として新潟と仙台を取り上げてみる。新潟と仙台の投資環境としては、港湾と空港を有するという一定の優位性を持っているが、課題も多い。両地域は政策的には投資誘致の遅れている地域ではあるが、市役所を始めとする行政、産業界は誘致に力を入れはじめ、新潟型、仙台型の投資誘致パターンが形成されつつある。
新潟市は日本海側最大の港湾都市であり、また古くから日本における石油、天然ガスの主要産地でもあり、良質の農産物を産出する自然環境も有する。歴史的にロシアと中国との交易が進められていた経緯があったため、北東アジアという視野で積極的に環日本海諸国との交流を展開し、機械工業、化学工業、造船、金属製造や食品加工、紡績、製紙などの企業が中国をはじめとする世界各国と取引を行っている。
仙台市は東北地方最大の都市であり、重要な工業中枢である。製油、電子、鉄鋼、ゴム、出版印刷、食品工業などの企業が臨海部の工業地域を形成している。仙台は工業が発達している利点と新しい産業の導入を通じて、新たな人材育成と発展の方向を定めることを課題としている。
新潟・仙台とも中国東北地方との連携と友好都市の関係を活かし、投資誘致の対象を選択するなど、独自の方策を模索しつつある。新潟市はハルビン市政府及び黒龍江省における最大級のシンクタンクである黒龍江省社会科学院の協力を得て、2005年7月、ハルビンで投資誘致説明会を開催、60人余りの現地企業代表が参加した。その後、時期を変えて長春、瀋陽、上海でそれぞれ同様のセミナーを開催、2006年には天津での開催も計画中で、新潟進出を目指す企業の発掘に力点を置く。仙台市と地元産業界は、浙江省温州の企業、横浜の温州商会と提携し、仙台における空中中華街建設の総合計画を視野に入れて懸命な中国企業の誘致に取り掛かり始めている。

3. 中国企業による対日投資の基本的状況
 1999年、中国政府が「走出去」(中国企業による対外進出・投資)戦略を打ち出して以来、中国経済の景気拡大により創出された企業の海外への投資意欲が盛んとなり、2004年末までの間の中国対外投資は7,647案件、総額448億ドルに上った。注目される案件として、レノボ(聯想)集団による米IBMのPC事業の買収や、中国石油天然気集団公司(CNPCペトロチャイナ)によるカザフスタン石油会社の買収事案、中国石油化工股分有限公司(SINOPEC シノペック)のナイジェリアへの石油施設への関連出資などがある。2005年の対外投資額は2004年を上回る69.2億ドルで、うち60.3%はアジア地域に集まり、主に香港、カンボジア、日本、モンゴル、ベトナムなどへの進出が多い。2005年末までの海外進出案件総数は8,000件を超え、金額は550億ドルとなる見通しである。
 中国企業による対日投資も次第に増加しつつある。2004年末までの中国企業による対日投資額の累計は1,000件以上、総額1.39億ドルで、中国対外投資相手国ランキングの14位にある。また、在日華人、留学生など中小規模の起業投資と日本人の名義を借りた投資、そして香港、台湾による対日投資分も含めば、おそらく累計で3,000件を超え、総額は100億ドル以上に達するものと推定される。
中国企業による対日投資案件の中で、もっとも注目されたのは2001年1月、上海電気集団と香港企業との連携による日本の大手印刷会社、(旧)秋山印刷機器(所在地:茨城県、世界の印刷機器業界ランキング第6位)の買収であろう。秋山印刷機器はその後、「アキヤマインターナショナル」と改称し、上海電気集団はこの買収によって、印刷機に関係する技術を獲得、同業界において先進印刷技術を持つ企業との格差が18年相当縮小された。2003年の販売額は5,400万ドルを実現し、黒字に転換できた。
また、上海電気は2004年に機械メーカーである池貝も買収した。類似の案件では、2001年、広東美的電気による三洋電機(本社所在地:大阪市)の電子レンジ事業の買収がある。
 2002年には、海爾集団(ハイアールグループ)が三洋電機と共同で5億元を投資し(海爾集団40%)、「三洋ハイアール」を創業したことによって、海爾集団は日本での販売ネットワークを獲得し、東京の秋葉原電気街でも販売することができた。
2003年7月、製薬大手の広東三九集団は富山県にある東亜製薬の株式60%を買収し、同社の経営権を獲得した。これによって、三九は日本の医薬品製造販売許可を取得し、三九が持っている国際販売ルートを利用して販売が行われた。
 日本が過去20年間、中国へ一方通行で投資を行ってきたことは、中国企業の実力向上に寄与してきた一因であるとも言える。日本の対内投資ランキング第15位に位置する中国の対日投資はいま、中国政府の対外投資奨励政策の徹底とともに、民営企業を始めとする中国企業の対外進出意欲の向上によってなされている。中国企業が日本企業に対してM&Aを行っていく時代も、必ず来るに違いない。

4. 新潟の外資誘致政策と特徴
 中国企業の対日投資の動きが加速しつつある中で、新潟市が中国東北地域からの企業投資を誘致する独特な手法が日中双方の行政、産業界、関係団体など広い範囲から注目された。
 東京、横浜、大阪、神戸などの諸都市と比べれば、新潟市は投資誘致先としての魅力は多弱いとも言える。しかし新潟市は、北東アジア経済圏のゲートウェイというメリットを利用して、新潟に対する外資系企業の投資誘致を多岐にわたって展開している。特筆すべきこととしては、新潟市は2007年の政令指定都市移行を推進しており、交通、物流、通信などのインフラ面の整備や対岸諸国との関係強化などの面から、自ら新潟市の発展戦略および特徴に相応しい政策を制定し、また、積極的に投資誘致活動に努めていることである。

(1)新潟市の主な投資誘致の内容及び政策
 新潟市は日本政府が推進する対内直接投資政策に連動する形で、外国企業の進出促進を目的とした特区をして日本国内では初めてとなる「新潟市国際創業特区」を設置した 。この特区を通じて、新潟市への直接投資や支店の設立などに意欲のある外国・外資系企業に対し、オフィスと在留資格面での優位性を発揮している。これは外国企業にとってビザを取得することが非常に困難な日本の出入国制度下で、外国人に対して何よりの便宜を提供することとなった。
 また、新潟市は外国企業が新潟市に投資する初期における事務所の提供や、現地法人の活動時の補助金支援を行っている。具体的には、IT産業及び関連産業の用地補助や補助金制度、工場建設促進助成金、雇用促進補助金、産業活性化研究開発補助金、事業資金の融資制度、総合相談窓口の設立などの優遇措置をとっている。
 また、上述した支援だけでなく、外国企業による新潟市への視察調査などの面でさまざまな支援が与えられている。例えば、「ハルビン東方餃子王餐飲連鎖有限公司」(本部所在地:ハルビン市、東北地域にある有名な餃子チェーン)と「北京章光101集団」(本部所在地:北京、中国で最も有名な育毛剤製品メーカー)が新潟で視察を行った際、行政側はこれを非常に重視し、関連情報提供から各種のコンサルティング、企業見学、物件紹介まで、非常に行き届いた便宜を提供した。

(2)新潟市の投資誘致におけるいくつかの特長
①交通、物流などインフラ面での優位性
新潟市は、環日本海の各国・地域と密接な交流関係がある。輸送面において、新潟港は韓国・釜山、中国・大連、天津、上海、青島、台湾・基隆、高雄の諸港との間に定期航路があり、他に東南アジアへのコンテナ航路などのルートを持っている。新潟空港はロシア極東地方、ソウル、上海、ハルビンなど国際航空路を8路線、国内では大阪、名古屋、福岡、札幌など主要都市に航空路が開設されている。新潟は環日本海の中枢都市としてその重要性を次第に増してきている。東京からは上越新幹線を利用して約2時間で到着でき、関越自動車道、北陸自動車道、日本海東北自動車道などの高速道路網により日本各地とつながっている。以上のような完備されたインフラは、外資系企業に対する新潟への投資誘致の基礎であり、外資系企業が新潟に進出する際に不可欠な前提要素とも言える。

②友好関係下の外交機構の誘致 
過去のERINAによる調査では、中国企業が外国へ投資する際、本国政府及び対象国にある自国駐在機関による情報を重視する傾向があるとの結果が出ている。新潟市は、環日本海沿岸の諸国に対して積極的に駐在機関の新潟への開設を働きかけてきた。すでにロシアと韓国の総領事館が設置されており、中国政府に対する働き掛けも積極的に行われている。
また、新潟市と友好姉妹都市との関係でも、乾杯交流から実務と結果を重視する経済貿易関係の促進にシフトしている。新潟市は中国・ハルビン、ロシア・ハバロフスク、ウラジオストクなどの都市との友好関係を一層促進させるとともに、アメリカ、韓国などの国の都市とも友好交流を行っている。このような努力による国境をまたがる人的なネットワークの強化と、広範な地域間のネットワーク構築も、新潟への外資誘致にとって大きな役割を果たすことができるもの予想される。

③行政と産学官の相互提携の効果
行政主導による投資誘致は場合によって高いコストを要するが、新潟市は投資誘致の実践と研究機関との連携を結合することで効果を挙げている。具体的には、ERINAと中国東北各省にある社会科学院などのシンクタンクとの「産業連携における外資系企業誘致に関する日中共同研究」(平成15年度外務省日中知的交流支援事業)の結果に基づき、意欲的に産官学の連携を強化した。
昨年、東北三省の各都市においてそれぞれ開催された新潟市の投資環境説明会は、行政機関と両国の地域シンクタンク及び関係企業との共同参画により、将来の可能性の一端を覗かせた。

5. 新潟市への投資についてのハルビン市企業の考え方
 中国企業による対日投資のメリットとデメリットは、中国における政府の対外貿易部門が研究する重点項目となっている。「なぜ日本へ投資するのか、運営はいかにするのか、継続的に発展拡大する可能性はあるのか、時期としては有利なのか、両国の政治関係は影響するか」などについて、産官学の意見は多種多様である。反対の立場を取る者は「中国企業、特に民営企業の発展がまだ日本へ投資するような段階に至っていない。今は中国国内で経営しつつ、企業体質を強化させる必要がある。」と言っており、一方、対日投資を賛成する意見としては、「国際発展の周期論によれば、GDPが一人あたり1,200ドルに達すると、企業は対外投資の能力を持ち始める。中国企業は日本への投資を通じて、技術とパテントを獲得し、企業ブランドを形成させる時機がきている。対日投資のチャンスを失うことなく、日中の双方がメリットを享受し、相互依存の前提に基づいて、積極的に対日投資を行うべきである。」と主張している。また、「日本では、中国経済が成長して、企業の利潤も拡大し、国民収入が増加してきたことにより、日本政府と地方自治体による中国企業からの投資誘致への期待が急激に高まった」とも指摘している。                                              
 このような賛否両論がある中で、2005年7月20日、新潟市とハルビン市政府、黒龍江省社会科学院は「新潟市投資環境説明会」を共同で開催した。ハルビン市の張顕有副市長、新潟市の大泉助役及び双方の外国貿易関連部局の担当責任者が出席、ハルビン市内の企業50余社、約60人が参加した。日本側から出席したERINAは、ハルビン市企業による新潟市へ投資の可能性について調査を行うためアンケートを実施し、45件の回答を得た。そのうち15件は日本への投資意向があり、さらにそのうち13件は新潟へ投資の意向があった。
 同投資環境説明会を通じて示唆された以下の3点を強調したい。

(1)相互投資誘致の新たな概念
世界経済がグローバル化した今日、経済の占める重要性はますます強くなっている。協力と競争の構造は変化しつつあり、「発展途上国は外資を誘致するだけで、先進国への投資能力がない」という考え方は改めるべき時がきた。東北三省で実施された対日投資意向調査の過程で最も抵抗があったのは、企業ではなく中国側の行政であり、自国企業が外国への投資を行うことは不可能であると考えていただけではなく、現地企業の「走出去」(対外進出)による外貨の海外流出は望ましくないという考え方を持っていた。
昨年、米国政府が実施した「本土資金返還法」の特恵政策から見ると、米国企業は明らかに全世界規模での投資によって潤っているものと考えられる。シンガポール政府も自国企業の世界進出の現状に合わせて、対外投資立国の戦略を打ち出し、企業の対外投資と国際化を支援する強い姿勢を示した。グローバル化による賃金・労働力コストの増加、エネルギーの減少が予見できる将来においては、工場が国境を超え、エネルギー、技術、特許、ブランド、経営管理を相互に必要とする時代はドラスティックな手段をとらずとも到来するであろう。

(2)投資誘致の対象地域と目標の設定  
 今回、新潟市は北京、上海、天津など経済発展が進んでいる大都市での投資PRによる即効的な結果を求めなかった代わりに、新潟と友好関係があり、人と文化の交流が盛んに行われているハルビン市をはじめとする東北地域を投資誘致の対象として選択し、対象企業も信用力などから勘案して一定程度に絞った。明らかに投資が困難と思われる業種や、日本市場での結果が期待できない企業はふるいにかけられた。それと比べ、中国における投資誘致は多少盲目的に行われ、多国籍企業や大型企業の誘致に力を注いだが、特許と先端技術をもち、日本の企業数の99%以上を占める中小企業への誘致が軽視されてきた。
新潟市は誘致対象の選別において、3~5年の内には民営企業が主要な対外投資の主体となると予測し、それによって積極的に投資対象を選択し、業種によっては優遇程度にも差別化も図りながら投資誘致政策を制定している。この方策は将来明らかに効果が得られるものと評価したい。

(3)並存する対日投資のチャンスとリスク
 新潟の紹介を通じ、中国企業にとっては日本への投資に、完備されたインフラ環境、多国籍企業の支店や工場が多数あること、高い技術力と国際的に信用力のあるブランドなどより多くの優位性とビジネスチャンスがあると感じられる同時に、日本への投資過程において顕在化するリスクも無視できない。世界の中でも極めて高価な営業コスト、オフィス家賃及び生活費のみならず、法律、税理、通訳・翻訳に関わるサービス料も非常に高く、中国企業の投資意欲をそぐことも考えられる。資金不足と実力がまだ脆弱な東北企業、特に民営企業に対して優れた日本の製造業が抱く危惧と敬遠感、日本の金融システムにおける融資手続の煩雑さ、外国企業に対する警戒心などの要因により、中国企業への融資も制約を受ける。
そのほか日本の経営風土、商習慣などから、地域の経済界・団体等には外資系企業、特に中国企業による買収や進出に対する抵抗が一部に存在することもある。また、企業間の激しい競争での生き残りに進出企業が直面する場面もあろう。
中国企業の対日投資は端緒についたばかりであり、行政や企業における課題が具体化するにつれ、その克服にはより緻密な対応が求められよう(原文は[ERINA REPORT]2006vol.70掲載)。


(参考文献)
1.「産業連携促進のための外資系企業誘致に関する日中共同研究」 ERINA 2004年3月
2. 「外資系企業誘致研究報告書」 新潟市 2005年3月
3. 福岡県、大阪府、新潟県の外資系企業の誘致資料 2003年
4. 「対外投資統計公報」 中国商務省 2004年
5. 「投資日本十大優勢」 日本貿易振興機構(中国語版) 2004年
5. 「走向東瀛-黒龍江省企業の日本進出に関する展望の中日共同研究」 日本僑報出版社 2005年12月 

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