「第2回東北アジア地域協力発展国際会議」で丸屋豊二郎様の発言
緊密化する日中経済関係と黒龍江省の課題 -北東アジア生産ネットワーク形成に向けて-
日本貿易振興機構(アジア経済研究所担当)
理事 丸屋豊二郎
2000年以降、東アジア生産分業の再編によって日中経済は拡大の一途を辿っている。機械産業における工程間分業に照準を当て緊密化する日中経済関係を振り返り、今後の日中経済関係を展望する。これを踏まえ、北東アジア生産ネットワーク形成に向けた黒龍江省の課題について考える。
1.拡大、高度化する日中経済関係
2000年前後から日中経済関係は大きな飛躍を遂げている。アジア経済危機を契機とした日本企業の生産分業再編によって、コスト・パフォーマンス、産業集積、国内市場規模で比較優位を有する中国への直接投資が急増し、これに伴い日中間の貿易も急速に拡大したことによる。
第1図は日本の対中国直接投資と対中国貿易の推移を示している。これをみると、日本企業の対中国直接投資は、1999年をボトムに2005年まで急激な増加をみせ、その後は伸び悩んでいるものの、依然として高水準を維持している。また、日中貿易も直接投資の拡大に歩調を合わせるように輸出、輸入とも著しく増加している。こうした2000年前後から始まった第3次投資ブームは、対中国投資、日中貿易とも第1次(1980年代)、第2次投資ブーム(1990年代)と比べものにならないほど拡大している。こうした背景には、日本から中国への直接投資が急増、つまり日本企業の中国への生産移転の進展に伴い、日本から現地日系企業への部品・資本財の供給や中国で加工・組立てられた製品の日本への逆輸入が急激に増加したことが挙げられる。
こうした中、日中経済関係はハイテク製品貿易や部品の双方向貿易の高まりにみられるように構造的にも高度な分業関係が構築されている。具体的には、まず、日本から中国への輸出は一貫して機械類が大きなシェアを占めているが、その中でも主要製品がテレビなどの耐久消費財から現地生産のための紡織機などの機械設備、さらに2000年に入ると集積回路など基幹部品へとシフトしてきた。一方、日本の中国からの輸入は80年代までは原燃料、90年代前半には繊維・同製品類が大半であったが、90年代中頃から機械類が急速にシェアを拡大。その内訳も、完成品ではラジオ、テレビなどからパソコンなどに高度化すると共に、完成品だけでなく集積回路や事務用機器部品など部品貿易も活発化している。最近の日中貿易(生産分業)構造は、中国が一方的に組立工程を担い完成品を輸出するという垂直貿易(分業)から脱却し、水平貿易(分業)へと向かっているといえよう。
しかし、順調に拡大してきた日中経済関係にも最近、陰りがみられる。日本企業の対中国投資は2006年以降伸び悩んでおり、製造業投資についてはむしろ減少傾向にある。また、日中貿易も欧米と比べ相対的に伸び悩み、垂直貿易から水平貿易への動きも緩慢になっている。こうした日中経済関係の緊密化、高度化が緩慢になった背景には、製造業の日本回帰、ベトナム、タイなど東アジアへの生産シフトが挙げられるが、中国の投資環境も大きく影響している。日本企業の対中国投資は一巡した状況下で、更なる高度な分業関係を構築する(ハイテク産業を誘致する)ために日本企業を呼び込むには、それに見合った投資環境整備が必要である。具体的には、経済法制度の合理性・透明度の堅持、知的財産権保護、運輸・電力等インフラ整備など、それに裾野産業の育成や資金調達・決済に関する規制緩和など経営環境の改善に努めることが喫緊の課題といえよう。
2.北東アジア生産ネットワーク形成に向けた黒龍江省の課題
最近の日中経済関係の緊密化は、日中貿易の約7割を主に中国沿海部に進出した日本企業など外資系企業が担っていることから明確なように、中国沿海部と日本の生産分業に起因している。こうした中国沿海部との生産ネットワークを内陸部(黒竜江省)へ拡大していくためには、大胆な発想と政府の決断、実行が必要である。
黒竜江省にとって今、もっとも必要なことは、人件費等のコスト上昇や産業高度化政策によって中国沿海部から撤退あるいはベトナム、カンボジアなどへ生産シフトする労働集約的な外資系企業を如何にして取り込むかということである。これを実現するためには、1980年に広東省に4つの経済特区を設立したような大胆な構想、具体的には、所得税の減免、2免3減鮮度、それに保税区を設けて開発区から港湾までの高速料金を無料にするなど生産ネットワーク形成を意識した政策がとれるかどうかにかかっている。重要なことは、①ベトナムなどチャイナ・プラス・ワンの国々に匹敵するような外資優遇政策を賦与すること、②輸送・通関などサービスリンク・コストを低減するためのインフラを整備することである。
黒竜江省は人口3800万人を擁し、省西南部には香港の面積に匹敵する哈大斉工業回廊を有している。長春、瀋陽、大連に繋がる東北産業大動脈だけでなく、ロシアと約3000kmに亘って国境を接し15ヵ所の陸路開放港湾を有するほか、江海聯運などを通じて日本海に出ることもできる。黒竜江省と極東ロシアを併せた消費市場への生産基地、そして将来的には日本海を通じた海外生産基地としてのポテンシャルは大きい。折しも中国は胡錦涛総書記が提唱した科学的発展観の下、調和社会実現のため東北開発にも力を入れている。また、日本企業など外国企業も世界経済が低迷する中、中国内陸部の市場開拓に関心を持つ企業も増えている。中国は成長著しい沿海部と潜在成長力を有する内陸部の経済格差をうまく利用すれば、沿海部は産業高度化に邁進し、内陸部は要素賦存に応じた労働集約産業を発展させることができよう。
最後に、日本のある環境学者は、地球温暖化時代の到来で経済発展の中心は、2020年から2030年頃にはモンスーンアジア、なかでも中国東北地域、極東ロシア、朝鮮半島、日本東北地方からなる北東アジア地域へシフトすると指摘する。関係各国・地域は、長期的視点に立って北東アジア経済圏の形成に向け、地域間経済交流を強化していく必要があろう。
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