2009年06月24日
「第2回東北アジア地域協力発展国際会議」での岩下明裕様の発言
「国境から世界を包囲する」
北海道大学スラブ研究センター長 岩下明裕
2009年6月14-15日、中国黒龍江省ハルビンにて、省政府と中国社会科学院主催による「第2回東北アジア地域協力発展国際会議」が開催されました。これは、中ロの2カ国間で毎年開催されてきた会議が、日韓蒙などを加えた多国間会議へと発展したもので、中国語・ロシア語・英語の同時通訳により、全体会議が実施されました。日本からは丸屋豊二郎理事(ジェトロ・アジア経済研究所)、吉田進理事長(環日本海経済研究所)、坂下明彦教授(北海道大学大学院農学研究科)ら豪華な顔ぶれが参加し、スラブ研究センターからは岩下が招待されました。黒龍江省社会科学院では伝統あるロシア(シベリア)研究所が有名ですが、日本専門家のだ志剛所長が率いる北東アジア研究所が台頭し、日本と韓国の人脈のプレゼンスが高まっています。センターが低温科学研究所と協働している環オホーツク海環境プロジェクト、そしてこれから始動するGCOE「境界研究の拠点形成」のパートナーとして、ハルビンの研究所や大学との協力関係の深化・拡大が期待されています。
(岩下明裕)
ハルビンのみなさまに、まずは中国とロシアの国境問題が昨年、完全に解決されたことを心からお祝い申し上げます。私は1994年以来、15年にわたり、中国とロシアの関係を、主に国境問題を軸に研究してきました。中国のみなさまがいかにロシアとの国境問題の解決に苦闘し、がんばってこられたのかを熟知しております。そして、この問題が解決されたことは、単に中国とロシアの2カ国間だけではなく、北東アジアを越えて、ユーラシア全体の、いやもう少し申し上げれば、世界全体を変えうるほどの大きなでき事だと確信しております。
中国は私たちが想像する以上の国境大国です。冷戦時代において中国政府が、外交を語るときに、イデオロギーを強調していた時代でさえ、国境の問題は中国の安全保障にとってきわめて重要な規定要因で有り続けたと私は考えます。中国の陸の国境は実に22800キロに及びます。それはモンゴル、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナム、北朝鮮、ロシア、カザフスタン、クルグズスタン、タジキスタンなど、ロシアや中央アジアはもちろんのこと南アジア、東南アジアとおおきな広がりをもちます。1960年代に中国はミャンマー、北朝鮮などと国境問題を解決し、国境地域を安定させようとしました。しかし、インドでつまずき軍事衝突となり、そして決定的なソ連との紛争がおこり、これにベトナムを加えて、中国の安全保障はきびしい状況に追い込まれます。鄧小平が、かつて冷戦末期に対ソ関係改善に条件を出したことがありましたが、これはソ連のモンゴル駐留撤退およびアフガニスタン撤退、カンボジア和平、よく考えていただければ、すべてが中国の国境にかかわる安全保障問題であるとともに、このすべてにソ連・ロシアが関係していることがわかります。ソ連とインドが当時は反中国同盟を結んでいたことを考えると、いわば中国は、対ソ連国境以外の場所でも、ソ連の勢力が囲まれていたわけですから、いかにこの問題が中国にとって大事な問題であったかがわかります。要するにポイントは、1)中国にとっての国境の存在がある意味で決定的な外交制約要因であること、2)そして冷戦時代はそのすべてがソ連と結びついていたこと。
要するに旧ソ連との国境問題の解決は、たんに局地的な問題ではなく、ユーラシア全体にかかわること、そして中国全体の利益にかかわることであります。ですから、中国がロシアとの国境問題を解決するプロセスは、中央アジアやベトナムとの問題の解決も後押ししました。私は中国とインドとの国境問題が解決されることもそう遠くないと確信しております。いわば、黒龍江省はそのような中国全体の国益や外交に資するモデルとなった場所です。ですから、今日、この日に中ロ国境問題解決の意義は強調しすぎてもしすぎることはありません。
ヘイシャーズ島をロシアとわけあって解決した方式、いわゆる「フィフティ・フィフティ」はいまやいろいろな場所で注目を受けています。ご承知の通り、日本では麻生太郎首
相や一部の外交関係者がこの方式に注目し、ロシアとの北方領土問題が動かせないかと考えているようです。そして、この「フィフティ・フィフティ」のやり方で、当事者すべてが「勝利する(ウィン・ウィン)」は、今後の世界の国境問題の有力な解決方法の一つとなって広まっていくのではないかと私は期待しております。
私がとくにここで強調したいのは、国境から世界をみるという視点であります。中国とロシアの関係を、旧来の国際政治的な発想、つまりバランス・オブ・パワーの「色眼鏡」でみて、いまだに中国とロシアが同盟を結んで米国に対抗しようとしている、あるいはしていない、という議論がなされています。今年の4月から5月にかけて、私はワシントンの国防総省、国務省などの関係者が集う、3つの異なる、しかし中ロ関係を扱うという意味では、同じテーマ会議に続けて参加しました。そこで、私が改めて痛感したのは、中国とロシアの国境問題の意味が全く論じられていないということでした。いや、彼らは国境をめぐる中国とロシアの現実や交渉そのものもよく知らないのです。
私はそれらの会議で同じことを繰り返し言い続けてきました。「中国とロシアにとって国境の意味は決定的である。ユーラシアから遠く、カナダやメキシコという「弱い」隣国をかかえ、国境にかかわる安全保障を憂慮することなく、移民問題などの国境問題を米国の国内問題(国際問題ではない!)と考える傾向の強い、米国の戦略家は、ユーラシアの現実を何もしらない。そのような思考停止や誤った理解は米国の利益をもそこなうし、世界にとっても悪影響を及ぼす。中国とロシアの関係の真の姿や実像をもっと偏見なしにみよ」と。
私の訴えは、まだまだ力の小さいものです。そして、ワシントンのこの国境問題への無関心は、ある程度まで、他の国の首都にも通じます。たとえば、北京やモスクワの戦略家で中国とロシアの国境問題に関心を払い、その重要性を理解している人が果たしてどれだけいるでしょうか? ロンドンや東京で国境問題の意味をきちんとわかっている人たちが何人いますか?
グローバル化がすすみ、地域の相互依存がすすむ現在、世界は片方で国境が消え(de-borderlization)、他方で新たな国境(re-borderlization)が生まれています。そして移民、経済、環境、パンデミックなど国境を越える(trans-borderlization)課題が大きくなっています。世界は国境をキーワードに再構成される時期がきていると私は考えます。
世界にはいくつかこの国境研究をすすめる拠点があります。ひとつは英国のスコットランドとイングランドにちかいダーラム大学。ここには国境画定研究ユニット(IBRU: International Boundary Research Unit)という世界の国境画定問題を比較分析するセンターがあります。米国ではカナダ、メキシコをつなぐ国境地域研究協会(ABS: Association for Borderland Studies)が西海岸の大学を中心に組織されています。ヨーロッパではロシア国境にちかいフィンランドのカレリアや、ドイツ国境に近いオランダのナイメーヘンの研究機関がたちあげた国境研究ネットワーク(BRIT: Border Region in Transit)があります。重要な点はこれらの組織やネットワークがすべて、国の首都にはない、すべて国境問題の現場からうまれてきたという点です
しかし、残念ながら、ユーラシアや東アジアにはそのような組織がありません。
北海道大学は、ロシアにちかい札幌という辺境の地にあります。私たちは国境に敏感な地にすむメリットをいかして、スラブ研究センターが中心になって新たな国境研究の拠点をここに作ろうと考えています。黒龍江省は歴史的にも地理的にも中国でまさに国境研究の拠点になるのにふさわしい場所です。ぜひ一緒に、ユーラシアや東アジアの国境研究ネットワークを立ち上げましょう。そして、世界の国境ネットワークと合流して、北京、モスクワ、東京、ワシントンといった国際政治を動かしている場所に私たちの声をとどけて、世界を変えていこうではありませんか?
北東アジアを越えて、北東アジアの現場の声を世界に届ける。そのような使命がいま、求められています。まさに今、国境にすむがゆえに、私たちは世界を変えるチャンスをえようとしています。今後とも黒龍江省のみなさまと「同志」として闘っていければと思います。
2009年6月14日
北海道大学スラブ研究センター
岩下明裕
北海道大学スラブ研究センター長 岩下明裕
2009年6月14-15日、中国黒龍江省ハルビンにて、省政府と中国社会科学院主催による「第2回東北アジア地域協力発展国際会議」が開催されました。これは、中ロの2カ国間で毎年開催されてきた会議が、日韓蒙などを加えた多国間会議へと発展したもので、中国語・ロシア語・英語の同時通訳により、全体会議が実施されました。日本からは丸屋豊二郎理事(ジェトロ・アジア経済研究所)、吉田進理事長(環日本海経済研究所)、坂下明彦教授(北海道大学大学院農学研究科)ら豪華な顔ぶれが参加し、スラブ研究センターからは岩下が招待されました。黒龍江省社会科学院では伝統あるロシア(シベリア)研究所が有名ですが、日本専門家のだ志剛所長が率いる北東アジア研究所が台頭し、日本と韓国の人脈のプレゼンスが高まっています。センターが低温科学研究所と協働している環オホーツク海環境プロジェクト、そしてこれから始動するGCOE「境界研究の拠点形成」のパートナーとして、ハルビンの研究所や大学との協力関係の深化・拡大が期待されています。
(岩下明裕)
ハルビンのみなさまに、まずは中国とロシアの国境問題が昨年、完全に解決されたことを心からお祝い申し上げます。私は1994年以来、15年にわたり、中国とロシアの関係を、主に国境問題を軸に研究してきました。中国のみなさまがいかにロシアとの国境問題の解決に苦闘し、がんばってこられたのかを熟知しております。そして、この問題が解決されたことは、単に中国とロシアの2カ国間だけではなく、北東アジアを越えて、ユーラシア全体の、いやもう少し申し上げれば、世界全体を変えうるほどの大きなでき事だと確信しております。
中国は私たちが想像する以上の国境大国です。冷戦時代において中国政府が、外交を語るときに、イデオロギーを強調していた時代でさえ、国境の問題は中国の安全保障にとってきわめて重要な規定要因で有り続けたと私は考えます。中国の陸の国境は実に22800キロに及びます。それはモンゴル、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナム、北朝鮮、ロシア、カザフスタン、クルグズスタン、タジキスタンなど、ロシアや中央アジアはもちろんのこと南アジア、東南アジアとおおきな広がりをもちます。1960年代に中国はミャンマー、北朝鮮などと国境問題を解決し、国境地域を安定させようとしました。しかし、インドでつまずき軍事衝突となり、そして決定的なソ連との紛争がおこり、これにベトナムを加えて、中国の安全保障はきびしい状況に追い込まれます。鄧小平が、かつて冷戦末期に対ソ関係改善に条件を出したことがありましたが、これはソ連のモンゴル駐留撤退およびアフガニスタン撤退、カンボジア和平、よく考えていただければ、すべてが中国の国境にかかわる安全保障問題であるとともに、このすべてにソ連・ロシアが関係していることがわかります。ソ連とインドが当時は反中国同盟を結んでいたことを考えると、いわば中国は、対ソ連国境以外の場所でも、ソ連の勢力が囲まれていたわけですから、いかにこの問題が中国にとって大事な問題であったかがわかります。要するにポイントは、1)中国にとっての国境の存在がある意味で決定的な外交制約要因であること、2)そして冷戦時代はそのすべてがソ連と結びついていたこと。
要するに旧ソ連との国境問題の解決は、たんに局地的な問題ではなく、ユーラシア全体にかかわること、そして中国全体の利益にかかわることであります。ですから、中国がロシアとの国境問題を解決するプロセスは、中央アジアやベトナムとの問題の解決も後押ししました。私は中国とインドとの国境問題が解決されることもそう遠くないと確信しております。いわば、黒龍江省はそのような中国全体の国益や外交に資するモデルとなった場所です。ですから、今日、この日に中ロ国境問題解決の意義は強調しすぎてもしすぎることはありません。
ヘイシャーズ島をロシアとわけあって解決した方式、いわゆる「フィフティ・フィフティ」はいまやいろいろな場所で注目を受けています。ご承知の通り、日本では麻生太郎首
相や一部の外交関係者がこの方式に注目し、ロシアとの北方領土問題が動かせないかと考えているようです。そして、この「フィフティ・フィフティ」のやり方で、当事者すべてが「勝利する(ウィン・ウィン)」は、今後の世界の国境問題の有力な解決方法の一つとなって広まっていくのではないかと私は期待しております。
私がとくにここで強調したいのは、国境から世界をみるという視点であります。中国とロシアの関係を、旧来の国際政治的な発想、つまりバランス・オブ・パワーの「色眼鏡」でみて、いまだに中国とロシアが同盟を結んで米国に対抗しようとしている、あるいはしていない、という議論がなされています。今年の4月から5月にかけて、私はワシントンの国防総省、国務省などの関係者が集う、3つの異なる、しかし中ロ関係を扱うという意味では、同じテーマ会議に続けて参加しました。そこで、私が改めて痛感したのは、中国とロシアの国境問題の意味が全く論じられていないということでした。いや、彼らは国境をめぐる中国とロシアの現実や交渉そのものもよく知らないのです。
私はそれらの会議で同じことを繰り返し言い続けてきました。「中国とロシアにとって国境の意味は決定的である。ユーラシアから遠く、カナダやメキシコという「弱い」隣国をかかえ、国境にかかわる安全保障を憂慮することなく、移民問題などの国境問題を米国の国内問題(国際問題ではない!)と考える傾向の強い、米国の戦略家は、ユーラシアの現実を何もしらない。そのような思考停止や誤った理解は米国の利益をもそこなうし、世界にとっても悪影響を及ぼす。中国とロシアの関係の真の姿や実像をもっと偏見なしにみよ」と。
私の訴えは、まだまだ力の小さいものです。そして、ワシントンのこの国境問題への無関心は、ある程度まで、他の国の首都にも通じます。たとえば、北京やモスクワの戦略家で中国とロシアの国境問題に関心を払い、その重要性を理解している人が果たしてどれだけいるでしょうか? ロンドンや東京で国境問題の意味をきちんとわかっている人たちが何人いますか?
グローバル化がすすみ、地域の相互依存がすすむ現在、世界は片方で国境が消え(de-borderlization)、他方で新たな国境(re-borderlization)が生まれています。そして移民、経済、環境、パンデミックなど国境を越える(trans-borderlization)課題が大きくなっています。世界は国境をキーワードに再構成される時期がきていると私は考えます。
世界にはいくつかこの国境研究をすすめる拠点があります。ひとつは英国のスコットランドとイングランドにちかいダーラム大学。ここには国境画定研究ユニット(IBRU: International Boundary Research Unit)という世界の国境画定問題を比較分析するセンターがあります。米国ではカナダ、メキシコをつなぐ国境地域研究協会(ABS: Association for Borderland Studies)が西海岸の大学を中心に組織されています。ヨーロッパではロシア国境にちかいフィンランドのカレリアや、ドイツ国境に近いオランダのナイメーヘンの研究機関がたちあげた国境研究ネットワーク(BRIT: Border Region in Transit)があります。重要な点はこれらの組織やネットワークがすべて、国の首都にはない、すべて国境問題の現場からうまれてきたという点です
しかし、残念ながら、ユーラシアや東アジアにはそのような組織がありません。
北海道大学は、ロシアにちかい札幌という辺境の地にあります。私たちは国境に敏感な地にすむメリットをいかして、スラブ研究センターが中心になって新たな国境研究の拠点をここに作ろうと考えています。黒龍江省は歴史的にも地理的にも中国でまさに国境研究の拠点になるのにふさわしい場所です。ぜひ一緒に、ユーラシアや東アジアの国境研究ネットワークを立ち上げましょう。そして、世界の国境ネットワークと合流して、北京、モスクワ、東京、ワシントンといった国際政治を動かしている場所に私たちの声をとどけて、世界を変えていこうではありませんか?
北東アジアを越えて、北東アジアの現場の声を世界に届ける。そのような使命がいま、求められています。まさに今、国境にすむがゆえに、私たちは世界を変えるチャンスをえようとしています。今後とも黒龍江省のみなさまと「同志」として闘っていければと思います。
2009年6月14日
北海道大学スラブ研究センター
岩下明裕
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Posted by 虎ちゃん at 21:24│Comments(0)
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