2009年06月24日
「第2回東北アジア地域協力発展国際会議」で坪谷美欧子様の発言
中国東北地方からの日本への移住現象とその意味
――北東アジア地域における社会学的視角の重要性――
日本横浜市立大学国際総合科学部準教授・黒龍江省社会科学院訪問学者 坪谷美欧子
1.問題提起
日本に滞在する中国人は1980年代以降増加の一途をたどり、2007年末に韓国・朝鮮人の約59万人を抜き、およそ60万人と最大規模の外国人人口をなしている。中国人の移民プロセスの特徴の一つは、留学から日本企業や研究機関等への就職という長期滞在パターンが成立している点で、他のニューカマー外国人にはみられない、日本の高等教育、社会、経済と深いつながりを持つ集団を形成している。近年では日本国籍や永住資格を持つ中国人も急増する一方で、常に帰国が意識され強いナショナル・アイデンティティを保持している点に報告者は以前より注目してきた。
さらに、近年急速に増加する中国の東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)から日本への人口移動の問題を広く概観すると、留学のみならず、日本人と結婚のために渡日する女性やその子どもたち、中国残留孤児の帰国者、日本企業への就職などの入国ルーとも看過できない。
そこで今回の報告では、中国から日本への留学という移住現象を中心に、北東アジア地域の社会学の発展の可能性について探ってみたい。
2.中国人の日本留学にみる「国際移民システム」
2007年度末のデータによると、日本における中国人留学生は約8万5千人で、就学生は2万2千人、そして日本の企業等で就職する人数は5万人ほどである。2000年以降は永住者資格を取得する者も目立っており、その人数は2007年末で約13万人にのぼっている。
報告者は以前より、中国人の日本留学について、1980年代からの日中間(さらには関係諸国も含む)の政策、経済、労働市場的、社会的なネットワークから形成された「国際移民システム」(Kritz et al. 1992: 2-4)の一つとして把握してきた。中国からの留学生増加を招いた中国側の要因としては、80年代の改革・開放期の中国において出国は社会移動の一つの「手段」であったことである。日本側の要因としては、1983年に打ち出された「留学生10万人計画」という留学生の量的な受け入れの強調一方で、法務省の「留学」「就学」資格者へのアルバイトの容認という矛盾した政策にある。留学生受け入れ政策において欧米と日本の大きな違いは、欧米は留学生を卒業後も就職等で滞在し続ける「移民」として現実的に捉えている点である。しかし80年代から日本側の留学生受け入れ政策は、「教育」「友好」「国際協力」の意味あいが強調されていた。
中国人留学生の卒業後の日本企業への就職については、2007年の在留資格の変更件数でみても韓国が1,109件であるのに対し中国は7,539件と、決して少なくない人数である。しかし企業側の意図と留学生たちの認識のズレが存在するようである。中国人留学生に限ったデータではないが総務省が行った81大学等への調査結果によると、「留学生が就職できない理由」としては、①留学生希望条件と企業採用方針との違い(26.3%)②留学生の学力不足等(26.3%)③高齢(18.4%)が挙げられていた。この問題は一見すると、職種・勤務地など新卒者についての採用条件の不一致や学生側の能力や資質の問題と思われがちだ。しかしこの問題は、両者の間にあるキャリア形成に対する認識のギャップが大きいのではないだろうか。まず、企業側がかれらの日本語能力を「通訳代わり」にしか捉えていないことが大きいのではないかと推測される。実際に留学から就職への在留許可が下りている職務別許可数でも、「翻訳・通訳」が3割以上を占めており、他の「販売・営業」「海外業務」「技術開発」「貿易業務」などとの差は大きい。グローバル化に伴い近年は崩れつつあるとはいえ、長期の雇用を通して信頼や忠誠を重視「日本型経営」も影響しているかもしれない。留学生のキャリア形成については、日本での転職の選択肢等も含め、行政・大学等の教育機関・地域社会による就職支援や連携も求められている。
他方2000年頃からは、中国からの日本留学も変化しつつある。学業とアルバイトに悩む「苦学生」というイメージから、母国での激烈な大学受験を避ける形で留学を目指す若者や富裕層の留学も目立つ。またかれらが日本での学びに求めるものも多様化しており、日本の経済・経営や科学技術だけでなく、漫画、アニメ、デザイン、菓子製造などへの関心も高いという。
OECDが2002年に発行した『専門職労働者の国際的な移動』のなかでは、先進国における留学生は専門的移民受け入れの「先駆者」的存在という見解が示されている。日本側の留学生受け入れ政策が量的受け入れの強調と規制緩和を繰り返し、長期的な留学生像や政策が欠如していることが明らかだ。2008年には「留学生30万人計画」が文部科学大臣の最高諮問機関である中央教育審議会より打ち出されており、2020年をめどに30万人の留学生受入を目指されている。その中では、卒業後の日本企業への就職支援も課題として挙がっているが、とりわけ「優秀な留学生を積極的に獲得すること」が強調されている。現在留学を希望する中国人が多い欧州、北米、オーストラリア、シンガポール、南アフリカなど英語圏を中心とした諸国と比較した場合、日本がどれだけ留学生にとって魅力的な国になれるのだろうか。国の留学生政策のみならず、日本企業や大学等教育機関にとっても、アジア地域および海外戦略にどのように中国人留学生を位置づけるのかは重要な鍵となるだろう。
3.中国東北部からの移住と北東アジア地域の社会学発展の可能性
ここまでは現代における中国から日本への移住について述べたが、近代まで遡れば日本において中華街などを形成した伝統的な華僑・華人は広東、福建、台湾などの出身者からなっていた。改革・開放政策の後1980年代以降は、北京や上海のような都市部および沿海部からの留学生や就学生を中心に増加した経緯がある。だがこれからは、東北地方が日本への移住者送り出しの地へと変貌を遂げる可能性は高い。
2007年末の在日中国人の本籍地別でみると、遼寧省の97,764をトップに、黒竜江省62,438人、吉林省51,749人、と東北三省出身者が在日中国人のマジョリティを占めるようになっている。これらの後に、上海市57,431人、山東省49,673人、福建省47,540人、北京市23,937人と続く。言うまでもなく中国の東北地方は地理的にも近く、日本とは独特な歴史的背景を有している。旧満州であった東北三省には中国残留孤児が多く、その帰国者家族の来日も進んでいる。優れた日本語教育を行う教育機関も豊富で、日本語学習者が多いだけでなく、日本語を外国語として選択した朝鮮族が多く暮らすことから、全体として日本留学のへ関心も高い。こうしたつながりを持ちながらも、80~90年代には在日中国人の多数を占めるには至っていなかった。
今後は、移住者送り出し地域である中国の東北地方への社会的・経済的なインパクトについても検証が必要である。たとえば現在、途上国で海外出稼ぎ労働者による本国への送金が、ODAを凌駕して直接投資に次ぐ規模に達しているため、国外からの資金調達ルートの一つとして、IMFや世界銀行等の国際機関の多くが労働者送金の重要性に注目している。日本移住者から中国東北地方の家族等への送金の額も、決して少なくないとみられている。また留学経験者が帰国した後の就職や起業パーク創設などの帰国優遇政策についても、東北地方の瀋陽、長春、ハルビンなどの都市で活発になりつつある。
以上をふまえると、北東アジア地域の発展を見極める上でも中国東北地方からの人の移動現象についての学術的な意義は高まっている。今後は国際的かつ学際的に北東アジアの研究者が共同研究等を行う余地もあるだろう。国際的な人の移動を促す複雑な要因や結果の分析の際には、社会学的な視点を導入し検証することが重要ではないだろうか。北東アジア地域における社会学の発展のためにも、中国から日本へのさまざまな移住現象は今後も重要性を増す研究分野といえるだろう。
――北東アジア地域における社会学的視角の重要性――
日本横浜市立大学国際総合科学部準教授・黒龍江省社会科学院訪問学者 坪谷美欧子
1.問題提起
日本に滞在する中国人は1980年代以降増加の一途をたどり、2007年末に韓国・朝鮮人の約59万人を抜き、およそ60万人と最大規模の外国人人口をなしている。中国人の移民プロセスの特徴の一つは、留学から日本企業や研究機関等への就職という長期滞在パターンが成立している点で、他のニューカマー外国人にはみられない、日本の高等教育、社会、経済と深いつながりを持つ集団を形成している。近年では日本国籍や永住資格を持つ中国人も急増する一方で、常に帰国が意識され強いナショナル・アイデンティティを保持している点に報告者は以前より注目してきた。
さらに、近年急速に増加する中国の東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)から日本への人口移動の問題を広く概観すると、留学のみならず、日本人と結婚のために渡日する女性やその子どもたち、中国残留孤児の帰国者、日本企業への就職などの入国ルーとも看過できない。
そこで今回の報告では、中国から日本への留学という移住現象を中心に、北東アジア地域の社会学の発展の可能性について探ってみたい。
2.中国人の日本留学にみる「国際移民システム」
2007年度末のデータによると、日本における中国人留学生は約8万5千人で、就学生は2万2千人、そして日本の企業等で就職する人数は5万人ほどである。2000年以降は永住者資格を取得する者も目立っており、その人数は2007年末で約13万人にのぼっている。
報告者は以前より、中国人の日本留学について、1980年代からの日中間(さらには関係諸国も含む)の政策、経済、労働市場的、社会的なネットワークから形成された「国際移民システム」(Kritz et al. 1992: 2-4)の一つとして把握してきた。中国からの留学生増加を招いた中国側の要因としては、80年代の改革・開放期の中国において出国は社会移動の一つの「手段」であったことである。日本側の要因としては、1983年に打ち出された「留学生10万人計画」という留学生の量的な受け入れの強調一方で、法務省の「留学」「就学」資格者へのアルバイトの容認という矛盾した政策にある。留学生受け入れ政策において欧米と日本の大きな違いは、欧米は留学生を卒業後も就職等で滞在し続ける「移民」として現実的に捉えている点である。しかし80年代から日本側の留学生受け入れ政策は、「教育」「友好」「国際協力」の意味あいが強調されていた。
中国人留学生の卒業後の日本企業への就職については、2007年の在留資格の変更件数でみても韓国が1,109件であるのに対し中国は7,539件と、決して少なくない人数である。しかし企業側の意図と留学生たちの認識のズレが存在するようである。中国人留学生に限ったデータではないが総務省が行った81大学等への調査結果によると、「留学生が就職できない理由」としては、①留学生希望条件と企業採用方針との違い(26.3%)②留学生の学力不足等(26.3%)③高齢(18.4%)が挙げられていた。この問題は一見すると、職種・勤務地など新卒者についての採用条件の不一致や学生側の能力や資質の問題と思われがちだ。しかしこの問題は、両者の間にあるキャリア形成に対する認識のギャップが大きいのではないだろうか。まず、企業側がかれらの日本語能力を「通訳代わり」にしか捉えていないことが大きいのではないかと推測される。実際に留学から就職への在留許可が下りている職務別許可数でも、「翻訳・通訳」が3割以上を占めており、他の「販売・営業」「海外業務」「技術開発」「貿易業務」などとの差は大きい。グローバル化に伴い近年は崩れつつあるとはいえ、長期の雇用を通して信頼や忠誠を重視「日本型経営」も影響しているかもしれない。留学生のキャリア形成については、日本での転職の選択肢等も含め、行政・大学等の教育機関・地域社会による就職支援や連携も求められている。
他方2000年頃からは、中国からの日本留学も変化しつつある。学業とアルバイトに悩む「苦学生」というイメージから、母国での激烈な大学受験を避ける形で留学を目指す若者や富裕層の留学も目立つ。またかれらが日本での学びに求めるものも多様化しており、日本の経済・経営や科学技術だけでなく、漫画、アニメ、デザイン、菓子製造などへの関心も高いという。
OECDが2002年に発行した『専門職労働者の国際的な移動』のなかでは、先進国における留学生は専門的移民受け入れの「先駆者」的存在という見解が示されている。日本側の留学生受け入れ政策が量的受け入れの強調と規制緩和を繰り返し、長期的な留学生像や政策が欠如していることが明らかだ。2008年には「留学生30万人計画」が文部科学大臣の最高諮問機関である中央教育審議会より打ち出されており、2020年をめどに30万人の留学生受入を目指されている。その中では、卒業後の日本企業への就職支援も課題として挙がっているが、とりわけ「優秀な留学生を積極的に獲得すること」が強調されている。現在留学を希望する中国人が多い欧州、北米、オーストラリア、シンガポール、南アフリカなど英語圏を中心とした諸国と比較した場合、日本がどれだけ留学生にとって魅力的な国になれるのだろうか。国の留学生政策のみならず、日本企業や大学等教育機関にとっても、アジア地域および海外戦略にどのように中国人留学生を位置づけるのかは重要な鍵となるだろう。
3.中国東北部からの移住と北東アジア地域の社会学発展の可能性
ここまでは現代における中国から日本への移住について述べたが、近代まで遡れば日本において中華街などを形成した伝統的な華僑・華人は広東、福建、台湾などの出身者からなっていた。改革・開放政策の後1980年代以降は、北京や上海のような都市部および沿海部からの留学生や就学生を中心に増加した経緯がある。だがこれからは、東北地方が日本への移住者送り出しの地へと変貌を遂げる可能性は高い。
2007年末の在日中国人の本籍地別でみると、遼寧省の97,764をトップに、黒竜江省62,438人、吉林省51,749人、と東北三省出身者が在日中国人のマジョリティを占めるようになっている。これらの後に、上海市57,431人、山東省49,673人、福建省47,540人、北京市23,937人と続く。言うまでもなく中国の東北地方は地理的にも近く、日本とは独特な歴史的背景を有している。旧満州であった東北三省には中国残留孤児が多く、その帰国者家族の来日も進んでいる。優れた日本語教育を行う教育機関も豊富で、日本語学習者が多いだけでなく、日本語を外国語として選択した朝鮮族が多く暮らすことから、全体として日本留学のへ関心も高い。こうしたつながりを持ちながらも、80~90年代には在日中国人の多数を占めるには至っていなかった。
今後は、移住者送り出し地域である中国の東北地方への社会的・経済的なインパクトについても検証が必要である。たとえば現在、途上国で海外出稼ぎ労働者による本国への送金が、ODAを凌駕して直接投資に次ぐ規模に達しているため、国外からの資金調達ルートの一つとして、IMFや世界銀行等の国際機関の多くが労働者送金の重要性に注目している。日本移住者から中国東北地方の家族等への送金の額も、決して少なくないとみられている。また留学経験者が帰国した後の就職や起業パーク創設などの帰国優遇政策についても、東北地方の瀋陽、長春、ハルビンなどの都市で活発になりつつある。
以上をふまえると、北東アジア地域の発展を見極める上でも中国東北地方からの人の移動現象についての学術的な意義は高まっている。今後は国際的かつ学際的に北東アジアの研究者が共同研究等を行う余地もあるだろう。国際的な人の移動を促す複雑な要因や結果の分析の際には、社会学的な視点を導入し検証することが重要ではないだろうか。北東アジア地域における社会学の発展のためにも、中国から日本へのさまざまな移住現象は今後も重要性を増す研究分野といえるだろう。
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